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千葉地方裁判所 平成6年(わ)402号 判決 1995年12月13日

主文

被告人は無罪。

理由

第一  公訴事実

被告人は、平成五年五月二七日午前一〇時一〇分ころ、業務として普通乗用自動車(ダートトライアル用車両)を運転し、長野県《番地略》所在の「株式会社スポーツランド乙山」ダートトライアル場内見学台前付近のコースを左回りに進行するにあたり、同所は前方の見通しが困難な、左に鋭く湾曲する下り急勾配の非舗装路面のコースであり、かつ、被告人はダートトライアル走行の経験が浅く、運転技術が未熟で、コース状況も十分把握していなかったのであるから、自己の運転技術とコース状況に即応できるよう、適宜速度を調節して安全な進路を保持しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右コース状況を十分把握しないまま時速約四〇キロメートルで進行した過失により、同下り急勾配のカーブを曲がり切れず、コース右側に寄り過ぎて狼狽し、左右に急転把・急制動の措置を講じたが、走行の自由を失い、自車を左右に蛇行させた上、右前方に暴走させてコース右側に設置してあった丸太の防護柵に激突・転覆させ、その際、自車に同乗中のA(当時二八年)の頚部及び胸部等を自車内部に突き刺さった右防護支柱の丸太で挟圧するに至らさせ、よって、同日午前一一時四七分ころ、同市大字若里一五一二番地の一所在の長野赤十字病院において、同人を胸部圧迫により窒息死させたものである。

第二  前提事実

被告人の公判供述、検察官調書及び警察官調書(乙2)、証人B、同C及び同Dの各証言、警察官作成の実況見分調書(甲3、4(不同意部分を除く)、5)及び写真撮影報告書(甲15)、医師作成の死亡診断書並びに当裁判所の検証調書によれば、平成五年五月二七日午前一〇時一〇分ころ、公訴事実記載のダートトライアル場(以下「本件コース」という。)において、概ね同記載のとおり、被告人運転の普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)が衝突転倒事故を起こし、同乗者のA(以下、便宜「被害者」という。)が死亡したことは明らかであり、被告人も争っていない。

以下、その経過を詳述する。

一  被告人は、平成二年に普通自動車第一種の運転免許を取得し、その後ダートトライアル走行をする者のグループである「チームシャフト」の行事において、本件事故までに平成四年七月、同年一〇月(本件コース)、平成五年三月ころの三回、ダートトライアルコースで走行練習をしたが(一回につき五回程度走行)、競技会に出たことはなく、初心者のレベルであった。被害者は「チームシャフト」のメンバーで、七年程度のダートトライアル経験があった。

二  本件車両は、被告人所有のニッサンマーチR一〇〇〇、三ドア、ボンネット型、排気量〇・九三リットルであり、車内に金属製パイプのロールバーを固定して補強し、後部座席を取り外し、運転席のシートベルトを四点式にする(ただし、助手席ベルトは三点式)など、ダートトライアル用に改造、装備されていた。

三  本件コースは、平成元年ころ社団法人日本自動車連盟(以下「JAF」という。)の公認を受けており(後記第四の一1<2>参照)、JAF公認及び非公認のダートトライアル競技会並びにダートトライアル走行の練習に利用されていた。コースは、山腹を切り開いて造成されたもので、全面非舗装、幅員七メートル前後、全長約二〇〇〇メートルで、随所に急カーブや急勾配の坂が存在している。カーブ外側は概ね土手になっており、コース外側には樹木が立ち並んでいるところが多い(別紙「コース図」(甲4の実況見分調書添付)参照。南側が高く北側が低い。)。

四  本件当日、被告人は「チームシャフト」メンバーの車両約一〇台による練習走行会(以下「本件走行会」という。)に参加し、予定していた数回の走行の一回目に本件事故を起こした。

被告人は、車両の整備を終えて運転席でスタートの順番を待っていたところ、この日整備のために参加していた被害者が、誰かの車に乗りたいと言ったことから、順番の早かった被告人の車両に同乗してもらうことになった。被害者は、本件車両の助手席に乗ってシートベルトを締めた。このとき被告人も被害者も、ヘルメット、両手グローブ、長袖、長ズボンを着用していた。

被告人は、従来は直線コース(コース図CD間)でギアを二速までしか入れたことがなかったが、スタート前に被害者に何速まで入れるか尋ねたところ、被害者が自分は三速まで入れると言ったので、同所を三速まで入れて走ろうと考えた(予定コースは、コース図ABCDEBFを経て北側コースに向かい、Gがゴール)。

五  被告人は、コース図Aをスタートして、Bを経て、途中被害者の指示でギアを二速に入れ、Cの手前の上り坂のカーブを時速四〇キロメートル位で曲がり、Dに至る若干下り坂の直線に入って間もなく、被害者からサードに入れるように言われて、別紙事故現場見取図(甲4の実況見分調書添付)<1>付近で三速に入れ、時速七〇から八〇キロメートル位に加速した。次いで<2>の前で、被害者から「ブレーキしろ」あるいは「ブレーキ踏んで、スピード落として」と言われ、<2>でブレーキを強めに踏んだが、約四〇メートル先の<3>でブレーキを離した(被害者の指示はない。)。このとき時速四〇キロメートル位に落ちていた。

ところが、左カーブの下り急勾配のため、車両は加速しながら右側に膨らみ、<4>で左にハンドルを切ったが(被告人は、以前、ブレーキを踏んだままハンドルを切るとスリップすると教えられていたのでブレーキはかけなかったという。)、更に加速しながら右側の土手に接近した(<5>)。被告人は、衝突の危険を感じて、急ブレーキをかけハンドルを左に切ったが、今度は、車両後部が右に振られ、<6>付近から左側の土手に向かった。そこで、強くブレーキをかけながらハンドルを右に切ったが、<7>で左側の山肌に車両左後部を接触させ、次いで右方に向かって<8>に至り、×においてコース右端の丸太の防護柵に車両前部を激突させた。

激突後の経過は確定できないが、車両右前部が丸太横木に当たって横木の一部を破壊して外し、その結果丸太の縦の支柱が突き出して残り、そこに車体が助手席側面から倒れかかって、支柱が助手席窓ガラスを割って突き刺さり、これが被害者の頚部及び胸部等に当たった可能性が最も高い。

なお、丸太の防護柵は三連あり、それぞれ若干の盛土の上に長さ数メートルの丸太の横木を二本積んだもので、この横木は針金や釘で丸太又はH鋼の支柱に固定されていた。防護柵の外側は、進路手前側が崖で、進路前方側は下り斜面の山林になっていた。

第三  当事者の主張

一  検察官

1  自動車走行の危険性に鑑みると、ダートトライアル走行であっても、運転者には、人の生命、身体に危害を及ぼすことのないように安全に運転する義務がある。

本件コースで走行するには、運転免許を有していること、自動車検査を受けた車両かJAFの規則に適合する車両であることが必要とされ、本件コースに対しては定期的にJAFの検査、指導が行われている。これらは、ダートトライアル走行が危険を伴うことから、施設及びJAFがそれぞれの立場で死傷事故を防止しようとしたものであり、その反面で、運転者にも死傷事故回避のための注意義務が課されていることは明らかである。

2  本件は、私的な練習走行会における同乗者のある走行であり、被告人には、自己の運転技量に応じた範囲で運転し、転倒、衝突等を引き起こして同乗者の生命、身体に危害が及ぶことのないよう、適宜速度を調節するなどして走行する業務上の注意義務があり、その運転に過失があれば、被告人は刑事責任を負うべきである。

3  被告人は、ダートトライアルの初心者で、本件コースでの走行は半年以上前に一回経験しただけでコース状況を十分に把握しておらず、当日一回目の走行であったにもかかわらず、手前の直線コース(CD間)を初めて三速に入れて以前より高速で走行し、ブレーキによる減速を十分に行わなかったために本件事故を惹起したもので、前記注意義務違反がある。

二  弁護人

1  ダートトライアル競技は、道路交通法の適用のない、当該車両の走行のみを確保したコースで行われ、ゴールまでより速く走行することを競う競技である。そこでは、走行時間を短くするためのあらゆる走行方法が許されており、防護壁への接触、転倒、車両の破損も予想され、走行に危険がないとはいえないが、運転者は自己の責任で競技に挑んでいる。同乗者の死傷についても、右のような走行をする運転者に同乗することは、それによって生じるかもしれない危険性を自ら甘受し、自己の法益をその限りで放棄しているのであって、自己決定権の範疇の問題である。

現在ではダートトライアル競技は、国際的に確立した自動車競技であって、JAFが定めた諸基準に従う限り、運転者、同乗者への重大な危険は存在せず、社会的にも穏当な自動車競技である。同競技はその一定の危険性にもかかわらず、社会的相当行為として是認されており、JAFの諸基準に従って行われるものであれば、正規の競技会ではない走行会であっても同様である。また、同乗者が自己の法益を放棄していること、正規の競技会以外では同乗は一般的に是認されていることから、同乗者を死傷させた場合についても社会的相当性は認められる。

したがって、被告人の行為は違法性が阻却される。

2  仮に違法性が阻却されないとしても、ダートトライアル競技に適すると認定されたコースにおいては、運転者は防護柵等が競技にふさわしい強度と機能を有することを信頼して運転すれば足り、本件事故において生じたような、防護柵の横木が外れ、支柱が助手席に侵入する事態を予見して行動する義務はなく、その予見可能性もなかったから、被告人に過失はない。

第四  当裁判所の判断

一  ダートトライアル競技の実情

1  証人E(JAF理事)、同B(スポーツランド乙山代表者)及び同C(チームシャフトメンバー)の各証言、検証調書並びに日本自動車連盟発行の各種規定に関する書面(弁1ないし4)等によれば、次の事実が認められる。

<1> ダートトライアル競技は、競技専用の非舗装路面(道路交通法の適用はない。)をより速く走行することを競うタイムトライアル競技である。

ダートトライアル競技を含む自動車競技においては、国際自動車連盟(FIA)の統括、公認を受けた国内団体であるJAFが、国内における各種競技を管理統括している。JAFは、「国内競技規則」(一九六四年制定)、「スピード行事競技開催規定」(一九八七年制定)等を定め、競技の種類及び方法、コース、車両等を規制している。その中で、ダートトライアル競技は「スピード行事競技のうち、未舗装の路面上に任意に設定したコースで行われる競技」と定義され、競技においては運転者の乗車だけが許されている。

<2> JAF公認のダートトライアル競技会を開催するコースは、事前にJAFの査察を受けて公認を得なければならない。右コースは、人及び他の車両の進入が禁止されており、「JAFスピード行事競技に使用するコースに対する安全基準」(一九八七年制定)では、公認に必要な条件として、

・車両が走路を逸脱した場合、重大な危険を招くことのないよう設定を行うこと

・コース設定に当たっては十分に安全を考慮し、セフティーゾーン又はガードレール、その他の防護壁等の設備を整えること

・観衆の立入り可能な区域、条件

・必要な消火体制 等を定めている。

現に、本件コースでは、公認時のJAF安全部会の視察で、車両が飛び出さないようにカーブ外側に土手を設けることを指示されており、その後も年一回ずつJAFの視察を受け、改良箇所を指摘されたこともあった。

<3> 公認競技会に使用されるダートトライアル車両については、前記「スピード行事競技開催規定」や「JAF国内競技車両規則」(一九九二年制定)で詳細に規定されている。道路運送車両法上の保安基準に従った運輸省認定車両(A車両、本件車両)についてはロールバーの取り付けが許され(本件当時。その後義務化)、その他の車両(C、D車両)についてはロールケージの取り付けが義務づけられている。ロールケージとは「車両が衝突または転覆した場合に、室内の大きな変形を防止するために構成されたパイプ、継ぎ手および取り付け部からなるフレーム構造」のものであり(同規則二一条)、ロールバーは同様の目的から車体内部に複数のパイプをボルトで固定したものである。また、A車両は三点式の安全ベルトが、C、D車両は四点式の安全ベルトが義務づけられている。

このほか、ヘルメット、グローブ、運動靴等の着用も義務づけられている。

<4> 本件コースでは、本件の数年前から一〇〇台程度が参加する競技会が年間二〇回余り開催されてきた。本件コースその他のコースでの競技会では、転倒や防護柵等への接触はしばしば発生し、一回の競技会で数回の転倒が起こることも少なくない。

2  右各事実から考えるに、ダートトライアル競技は、既に相当程度普及し、社会的に定着したモータースポーツであるといえる。競技会においては、運転技術や車両性能を駆使してスピードを競うという競技の性質上、暴走、転倒、防護壁への衝突等が生じることはある程度避けられず、コース、車両、服装等についての様々なルールは、その可能性を考慮に入れた上で定められ、人身損害発生の防止を図ったものである。とはいえ、右ルールに従って走行したとしても、転倒や衝突による衝撃、車両の破壊、炎上等によって、運転者の生命、身体に重大な損害が生じる可能性がなくなるわけではない。

二  本件走行会の実情

1  前記各証言及び被告人の公判供述等によれば、次の事実が認められる。

<1> 本件走行会を行った「チームシャフト」は自動車整備会社主催のグループで、メンバーは二〇名程度はおり、経験年数が長く競技会に参加したことのある者もいた。

<2> 本件走行会のような個別の練習走行については、JAFは関知しておらず、施設及び当事者に任されている。

しかし、本件コースでは、走行会であっても、運転免許を有していること、車両は自動車検査を受けているか前記JAFの基準に適合すること、ヘルメット、グローブ、長袖、シューズを着用することが必要とされている。スタートは競技会同様、一定の間隔を開けて車両同士の衝突が生じないように行われ、従業員が転倒や火災に備える態勢もとられていた。また、本件コースでの走行が五回未満の運転者には、ヘルメット等の着用、窓ガラスを閉めること、コース上でストップしたときや転倒したときの対処の仕方等を指示した走行規約書が渡されていた。

<3> ただし、本件コースでは、練習走行においては助手席に限って同乗を認めていた。施設側は、開設当初は危険があるとして認めていなかったが、昭和六三年ころから、他のコースでは認めているという利用者の希望を受けて認めるようになり、運転者と同じヘルメット等の着用とシートベルトの装着を要求していた。

なお、B証言によれば、本件コースでは練習走行で同乗者のいる場合はかなり多く、C証言によれば、同人が同乗したりさせたりしたことは少なくなく、また、被告人の供述によれば、被告人は本件以前にも他のコースで同乗したことが八回位、本件コースでC及び被害者に同乗してもらったことが一回ずつあったとのことである。

<4> 練習走行では、運転者は競技会ほどは無理をしないものの、転倒が出ることはあり、本件コースでは、練習走行五日あたり一台位の割合で転倒があった。

2  右各事実及び前記第二の一、二、三の各事実によれば、本件走行会は、ダートトライアル走行を楽しむレジャースポーツであるとともに、ダートトライアル競技に向けて運転技術を向上させる練習過程でもあったといえる。そして、同乗者がありうる点を除いては、JAF公認のコースにおいて、車両、走行方法及び服装もJAFの定めたルールに準じた形態で行われており、以上の点は被告人の走行についてもあてはまる。同乗については、実態としては、ヘルメット着用等の措置を講じた上で、かなり一般的に行われていたとはいえる。練習走行における転倒や衝突の可能性も、競技会と特段に変わるわけではない。

三  違法性の阻却について

1  本件における車両の暴走の原因は、被告人が自己の運転技術(旋回技術や危急時の対応能力)を超えて、高速のまま下り坂の急カーブに入ったことにあると考えられ、同乗者がいる以上、被告人は同乗者の死傷を回避するために速度の調節等を行うべきであったとする検察官の主張にも理由があるように思われる。

しかしながら、前記のとおり、被告人の本件走行はモータースポーツであるダートトライアル競技の練習過程であり、弁護人が主張するように、この側面から考察する必要もある。ダートトライアル競技には、運転技術等を駆使してスピードを競うという競技の性質上、転倒や衝突等によって乗員の生命、身体に重大な損害が生じる危険が内在している。その練習においても、技術の向上のために、競技に準じた走行をしたり、技術の限界に近い運転を試み、あるいは一段上の技術に挑戦する場合があり、その過程で競技時と同様の危険が伴うことは否定できない。

ところで、練習走行に同乗する場合としては、<1>上級者が初心者の運転を指導する、<2>上級者がより高度な技術を修得するために更に上級の者に運転を指導してもらう、<3>初心者が上級者の運転を見学する、<4>未経験者が同乗して走行を体験する等、様々な場合があるようである(C証言、被告人供述参照)。

これらのうち、少なくとも、<1><2>のような場合では、同乗者の側で、ダートトライアル走行の前記危険性についての知識を有しており、技術の向上を目指す運転者が自己の技術の限界に近い、あるいはこれをある程度上回る運転を試みて、暴走、転倒等の一定の危険を冒すことを予見していることもある。また、そのような同乗者には、運転者への助言を通じて一定限度でその危険を制御する機会もある。

したがって、このような認識、予見等の事情の下で同乗していた者については、運転者が右予見の範囲内にある運転方法をとることを容認した上で(技術と隔絶した運転をしたり、走行上の基本的ルールに反すること-前車との間隔を開けずにスタートして追突、逆走して衝突等-は容認していない。)、それに伴う危険(ダートトライアル走行では死亡の危険も含む)を自己の危険として引き受けたとみることができ、右危険が現実化した事態については違法性の阻却を認める根拠がある。もっとも、そのような同乗者でも、死亡や重大な傷害についての意識は薄いかもしれないが、それはコースや車両に対する信頼から死亡等には至らないと期待しているにすぎず、直接的な原因となる転倒や衝突を予測しているのであれば、死亡等の結果発生の危険をも引き受けたものと認めうる。

(なお、例えば野球のデッドボールについては、打者が万一の場合としか考えていないとしても、死亡や重大な傷害が生じることはあり、かつ、そこに投手の「落ち度」を見い出せることもあるが、通常は(業務上)過失致死傷の責任は認め難い。危険を内在しながらも勝負を争う競技は、相手が一定の危険を冒すことを容認することによって成り立っており、打者は、デッドボールが一定限度までの「落ち度」によるものであれば、それによる死傷の危険は引き受けている。練習においても、競技に向けて技術の向上を図るために、互いにこうした危険を容認している場合がある。この点、競争の契機がないゲレンデスキーは、たまたま同じ場所でスキーを楽しむために危険が生じているもので、安全を最優先させてもスポーツが成り立つ。)

2  そこで、本件被害者の同乗についてみると、前記第二の各事実によれば、被害者は七年くらいのダートトライアル経験があり、同乗に伴う一般的な危険は認識しており、その上で自らもヘルメット等を着用し、シートベルトを装着して同乗したものと考えられる。

そして、被害者は、半年余り前に本件コースで被告人の運転に同乗したことがあり、当日は、スタート前に被告人に何速まで入れるか尋ねられて自分は三速で走ると答え、スタート後も、二速、三速へのギアチェンジ、次いでブレーキ操作を指示している(これらの点は被告人の捜査公判供述だけであるが、特に疑問を差し挟むべき点はない。)。被害者において被告人が三速に入れるのが初めてであることを知っていたかは不明であるが、右事実からすれば、少なくとも、被害者には、被告人は初心者のレベルにあり、本件コースにおける(具体的にはCD間、すなわち<1><2>間)三速での高速走行に不慣れであるという認識はあったと認められる。そうすると、被害者は、同所において被告人が自己の技術を上回りうる三速での高速走行を試みて、一定の危険を冒すことを容認していたものと認められ、他方、右運転方法が被告人の技術と隔絶したものとまでは認められない。

したがって、被害者は、三速での高速走行の結果生じうる事態、すなわち、その後の対応が上中級者からみれば不手際と評価しうる運転操作となり、転倒や衝突、そして死傷の結果が生ずることについては、被告人の重大な落ち度による場合を除き、自己の危険として引き受けた上で同乗していたと認めることができる。そして、三速走行に入った後の被告人は、見取図<2>から<4>の間の減速措置が足りなかったことも一因となって、ハンドルの自由を失って暴走し、本件事故を引き起こしているが、この経過は被害者が引き受けていた危険の範囲内にあり、他方、その過程に被告人の重大な落ち度があったとまではいえない。

3  右の理由から、本件については違法性の阻却が考えられるが、更に、被害者を同乗させた本件走行の社会的相当性について検討する。

前述のとおり、ダートトライアル競技は既に社会的に定着したモータースポーツで、JAFが定めた安全確保に関する諸ルールに従って実施されており、被告人の走行を含む本件走行会も一面右競技の練習過程として、JAF公認のコースにおいて、車両、走行方法及び服装もJAFの定めたルールに準じて行われていたものである。そして、同乗については、競技においては認められておらず、その当否に議論のありうるところではあるが、他面、競技においても公道上を走るいわゆる「ラリー」では同乗者が存在しており(E証言)、また、ダートトライアル走行の練習においては、指導としての意味があることから他のコースも含めてかなり一般的に行われ、容認されてきた実情がある。競技に準じた形態でヘルメット着用等をした上で同乗する限り、他のスポーツに比べて格段に危険性が高いものともいえない。また、スポーツ活動においては、引き受けた危険の中に死亡や重大な傷害が含まれていても、必ずしも相当性を否定することはできない。

これらの点によれば、被害者を同乗させた本件走行は、社会的相当性を欠くものではないといえる。

4  以上のとおり、本件事故の原因となった被告人の運転方法及びこれによる被害者の死亡の結果は、同乗した被害者が引き受けていた危険の現実化というべき事態であり、また、社会的相当性を欠くものではないといえるから、被告人の本件走行は違法性が阻却されることになる。

第五  結論

よって、刑事訴訟法三三六条前段により、被告人に対し無罪を言渡すこととする。

(検察官伊藤薫、弁護人寺井一弘、同桑原育朗 出席、求刑 罰金五〇万円)

(裁判官 半田靖史)

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